「リアル謎解きゲーム」は誰も幸せにならない

ヤミネコ代表の無策師と申します。
この記事は「体験型イベント Advent Calendar 2014」の企画に参加する形で書いております。
ブログに書き慣れていない、どころではない勢いで文才の無さを披露しています。
非常に読みにくいです。
すでにこの時点で読みにくさが漂ってますね。
ご了承の上お読みいただけると幸いです。

 

皆さんは「リアル脱出ゲーム」がお好きですか?
それでは「リアル謎解きゲーム」はどうでしょう?
「体感型脱出ゲーム」は?「参加型謎解きゲーム」は?
そんなの名前が違うだけでほとんど一緒だろ、と思われるかもしれませんね。
でも私はそこに若干の疑問を感じています。
疑問というより違和感のようなものかもしれません。
このことについて書かせていただきます。

 

 

「リアル脱出ゲーム」とは何なのか?

 

まずは「リアル脱出ゲーム」に焦点を当ててみましょう。
「リアル脱出ゲーム」についてはこちらに記載されています。

 

 

そして「リアル脱出ゲーム」はSCRAPの商標登録でもあります。
そしてこの名称は、flashゲームとして流行したジャンル名「脱出ゲーム」を元に作られています(要出典)。
この「脱出ゲーム」を実体験できるものとして「リアル脱出ゲーム」が生まれました。

 

しかし、現状を振り返ってみましょう。
はたして今現在の「リアル脱出ゲーム」は「リアル」な「脱出ゲーム」であるのでしょうか?

 

「リアル脱出ゲーム」には大きく分けて二つのタイプが存在します。
一つはアジトオブスクラップで行われる「アジト型」、もう一つはヒミツキチオブスクラップで行われる「ヒミツキチ型」です。

 

「アジト型」では、1部屋に10人のみが閉じ込められ、その10人が協力して探索をしたり謎を解いたりすることで時間内にその部屋からの脱出を目指します。
これは非常に「脱出ゲーム」に近い内容であり、「リアル」な「脱出ゲーム」と言えるでしょう。

 

一方、「ヒミツキチ型」では、大きな会場に複数チームが入れられ、チームごとに探索をしたり謎(机に向かって黙々と解くようなものもある)を解いたりすることで時間内に最後の答えを導きだすことを目指します。
実際に閉じ込められることもなく、実際に脱出することもないゲームです。
これは果たして「リアル」な「脱出ゲーム」と呼べるのでしょうか?
初めて「リアル脱出ゲーム」に参加した方が「なんだ、実際に脱出はしないのか」と感想を漏らした場面にも遭遇しています。
しかし、これも「リアル脱出ゲーム」なのです。

 

そして、もちろんこの2つの型以外にも、遊園地のような広大な場所で行われる周遊型など様々な形態がありますが、そのどれもが「リアル脱出ゲーム」なのです。
これは、既にSCRAPの商標によるブランドイメージ的な展開がなされている以上仕方ないことではあるのでしょう。

 

結局のところ「リアル脱出ゲーム」とは、その名称からのイメージとは全く異なり、「SCRAP社の制作する、謎解き要素のある体感型イベント」となってしまっているのが現状です。

 

 

「リアル謎解きゲーム」とは何なのか?

一方、リアル脱出ゲームのようなイベントをやりたいのだけれど商標の関係で「リアル脱出ゲーム」とは名乗れず生まれたのが「リアル謎解きゲーム」という名称です(要出典)。
すなわち内容としては「リアル謎解きゲーム」と「リアル脱出ゲーム」に大きな違いはありません。

 

ただし、様々な団体がこの名称を用いているため、「リアル脱出ゲーム」以上にイベントの「幅」があります。
ここで言う「幅」とは、「謎解き」「体験」「ストーリー」「没入感」「意外性」などありとあらゆる面白くさせる要素のパラメータです。
ここで「リアル脱出ゲーム」に対してしたのと同じ問いかけをしましょう。
果たして「リアル謎解きゲーム」は「リアル」な「謎解きゲーム」と呼べるのでしょうか?

 

 

そもそも「リアル」とは何なのか?

大元に戻れば、「リアル脱出ゲーム」における「リアル」とは「webではなく実際に行う」という意味合いでした。
しかし、徐々に別の意味合いが強くなってきたように思えます。
それは「実体験」としての「リアル」です。
これが「体験」「ストーリー」「没入感」「意外性」などの要素としてイベントに「幅」を持たせているのです。

 

 

「謎解き」と「実体験」の相性は良いのか?

 

ここで二つの重要な点に気付けます。

 

一つは【実体験に謎解きは必須要素ではない】ということです。
体感型のイベントは昔から数多くあり、謎解き要素はなくても十分に面白いものがあります。

 

そしてもう一つは【謎解きにとって実体験は必須要素ではない】ということです。
これはそもそもの「脱出ゲーム」やいわゆる「web謎」において実証されています。

 

また、「謎解き」と「実体験」を組み合わせるのにあたり一つ問題があります。
それは、「謎解き」が冷静になって行うものに対し、「実体験」は情熱で楽しむものであり、真逆の属性を持つという点です。
つまり、「謎解き」は「実体験」の楽しさに水をさし、「実体験」は「謎解き」の面白さに害をなし得るのです。
にも関わらず、その二つが含まれた「リアル脱出ゲーム」「リアル謎解きゲーム」が楽しいのは何故なのでしょうか?

 

 

「実体験」にとっての「謎解き」とは?

 

「実体験」としての面白さを作る上で必要なものに「障壁」があります。
「障壁」がないゲームはプレイヤーにとって退屈で仕方ありません。
しかし、どんな「障壁」でも良い訳ではありません。
それは想定時間内に突破できる「障壁」でないといけません。
突破が出来ないと「実体験」も停滞してしまうからです。

 

この条件を満たしたちょうど良い「障壁」として「探索」や「謎解き」が使われているのです。
情報共有をすれば解ける・知識ではなくひらめきで解ける、というのは良い具合に「障壁」の条件を満たしてくれます。

 

もし仮に「障壁」の条件を満たす何かが発見・発明されれば、すぐに「謎解き」にとって変わられるでしょう。
しかし現状ではそんな都合の良い物が見つかっておらず、致し方なく相性の悪い「謎解き」を用いているのです。

 

 

「謎解き」にとっての「実体験」とは?

 

では「謎解き」にとって「実体験」とは何なのか。

 

一つは、「謎制作にとって都合の良いフレーバー」です。
「謎解き」をより良くさせるために「特殊な条件」が必要になる場合があります。
例えば、クロスワードを作ったときに一ヶ所だけ実際には存在しない単語になってしまったとしましょう。
他の条件でここがどうしようもない時に、その存在しない単語を固有名詞として「ストーリー」に組み込んでしまえば謎として成立できるようになります。
多くの場合において「謎解き」は様々な部分と絡み合って融通が利かないことがあります。
一方「実体験」のための要素はまだ自由度があります。
この点において、「謎解き」において「実体験」は非常に都合の良いものだと言えます。

 

また、もう一つは「イベントの楽しさを保証するもの」です。
前節でも述べたように、「謎解き」は「障壁」となるものです。
この「障壁」がプレイヤーにとってちょうど良い物かどうかはプレイヤー次第となります。
そして「障壁」は、乗り越えられれば楽しく、超えられなければ楽しさを味わえないというものでもあります。
それでも多くのプレイヤーにゲームを満足してもらいたいのであれば「謎解き」以外の面白さが必要になる。
それが「実体験」なのです。

 

 

「リアル謎解きゲーム」は誰も幸せにならない

 

ここで最初の話に戻りましょう。
「リアル脱出ゲーム」と「リアル謎解きゲーム」の違いは何なのか。
SCRAP社かどうか、ではなく言葉の持つ意味上での違いは何なのか。
私はこう考えます。

 

「リアル脱出ゲーム」は「実体験」を楽しむゲームであり、「障壁」として「謎解き」も使われるゲームであり。
「リアル謎解きゲーム」は「謎解き」を楽しむゲームであり、「品質向上」や「保証」のために「実体験」も使われるゲームである。

 

当然、私が一人でこうだと考えたところで現実には何も変化はなくSCRAPは商標を手に今まで通りイベントを開くでしょう。

 

ここで私が言いたいこと、それは
「謎解き」と「実体験」のどちらがメインにしたいのかを
明確にするべきだ
ということです。

 

制作者の意図とプレイヤーの希望が噛み合ないことが両者にとって不幸となります。
「脱出」がしたくてワクワクしている人に、地獄のような量の「謎解き」を浴びせても意味がないのです。
逆に「謎解き」がしたくて意気込んでいる人に、謎のほとんどない「実体験」を用意しても肩すかしになってしまうのです。
シンプルでわかりやすい名称が商標等で使えない以上、どういったゲームなのかをもっとアピールすべきなのです。
百歩譲って、「謎解き」がメインなら「リアル謎解きゲーム」という表現でも伝わるでしょう。
「実体験」をメインにするのであれば「リアル謎解きゲーム」という名称は誤解を招いてしまいます。
そんな「リアル謎解きゲーム」は誰も幸せになれません。
プレイヤーが「あ、これは実体験として面白いゲームなんだな」と思えるような名称・説明があるだけで、無駄な不幸をなくせるはずです。

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(以下、駄文)

 

もちろん、世の中には「実体験」と「謎解き」をどちらが優先ということではなく両方ともmaxで素晴らしいゲームがあるでしょうし、それが最強なのはわかっています。
そもそも「実体験」と「謎解き」の相性が悪い、みたいな書き方をしましたが、例えば「シャーロックホームズになりきって事件を解決する」みたいなゲームなら「実体験」=「謎解き」になりますし、そんなケースも山ほどあるでしょう。

 

じゃあなんでこんな記事書いたかっていうと、私が「謎解き」大好き人間だからです。
もっと言うと「実体験」を遊ぶのが得意ではない人間なのです。
「ごっこ遊び」とか「演じる」というのが下手なのです。
どこかで私の演じた何かを見たことがある人もいるでしょうがホント失笑ものですよね。
ただ、誤解を防ぐためにも言っておくと、下手なだけでそれの面白さはわかりますし、実際楽しませてもらっています。
でも、(多分「ごっこ遊び」が下手である一因でもあるとは思うのですが)感情を表に出すのも苦手なので、こちらとしては凄い頑張っているのに客観的には凄く冷めているように見えてしまっている気もします。
凄い楽しい「実体験」が出来ているのに、チームに一人冷めて見える人がいると、チーム全体も冷めて行ってしまいますよね。
そう思うと、もう「実体験」メインなゲームに行きづらくって。
だからこそ、もっと「謎解き」メインな「リアル謎解きゲーム」が増えてほしいなって思うわけです。

 

ぼっちでも遊べるとより良いですね。
探索ってなんだよ、人手と時間だけ食うホント面白くない障壁ですね。
ここでわんどさんのこの記事から一部引用します。
「物をなくす世界が現実で、物をなくさない世界が非現実」 と定義することができます。 また、現実世界の要素の中で真っ先に切り捨てなければならないものが物の管理で、 人間がやるものではないとも思っています。
私もこれにはかなり同感です。
失せ物探しが大の苦手で、ほんっと嫌いなんですよ。
だから、その嫌いで嫌いで仕方ない「物探し」をさせてくる「脱出ゲーム」もアジト型「リアル脱出ゲーム」もあんまり好きじゃないです。
なーんでゲームの中でも部屋で物を探さなきゃいけないんじゃってなる。
しかも、見つからないと詰むケースが多々ある。
六角レンチなんて滅びてしまえ。

 

……。

 

だからこそ、「謎解き」のための「リアル謎解きゲーム」を遊びたくてしょうがないんです。
面白ければ何でもいいんですけれどね。
あ、もちろん「謎解き」派が少数派であろうことは察していますというか感じています。
だからこそ、この記事を書きたかったのかもしれません。
たけのこの里よりきのこの山。

 

今度こそ、おしまいっ!